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「嫌われる勇気」 が教えてくれた4つのこと

      2018/05/22

読みました。「シンプルに考える方法」が書いてあります。こ難しいことを言われているような、ふわっとした思想でよくわからないような、そんな感覚に陥ることもありました。しかし、次々に浮かんでくる自分の思考をアドラーの考え方にあてはめるとどんどんシンプルになっていくのがわかります。

中でも私が助けられている思考はある4つの組み合わせです。それぞれをご紹介していきます。

それは、「目的論」「今ここ」と、「誰かの期待に答えるために生まれたのではない」「普通であることを受け入れる」です。

1.目的論
「とらわれを手放す」にはこの思考をトレーニングすることが近道である。

私は「とらわれを手放そう!」と思って過ごして来ましたがそれはスローガンのようなもので、だからと言って思考を変える選択がしづらく感じていました。「気にしない!気にしない!こだわらない!」と思っていたってところどころ唱えても変われないのと同じです。
しかし、この目的論は、まさにその「手放し方」を教えてました。目的論とは、原因論の否定です。過去を引っ張り出すこと、説明の際に因果関係として持ち出されるものは、目的につながっていることではない。目的はシンプルに心に従われ、そこに合う理由づけを引っ張っている中にトラウマや過去の経験が出てきてあたかもその過去や経験が目的を作り上げたように感じる、というものです。しかし、今目的としているものが、「実は心に従っている」という事実は認めたくないものが多く、原因論が根付いたと。例えば、夫が「自分の親は家にほとんどいなかったから、自分も子どもと休日一緒に居ることができない、わからない」というのは、ただ、「自分の自由を優先させたい」という目的があって、それを裏付ける原因を引っ張っりだしているだけでしょう。本の中でアドラーは「過去、トラウマは全く影響しない」と言っていますが、私はその点については完全にそうだとは思えませんでした。しかし、そう考えないと、人は過去からその先の人生を決められていることになってしまうので、それは影響しない前提で自分の事に関しては取り入れようと決めました。

私の父親は「自分の両親が離婚したから自分も離婚することになった」と言っていました。子どもながらに、「私も将来自分の父親のように浮気をして離婚する人生が決まってるなんてありえないでしょ。」と思ったのを覚えています。行動への理由づけは全て自己防衛にすぎないのです。

2.今ここ
よく心理学で語られる、「いま、ここを生きる」です。今が「点」であるわけなので、大切もなにもそこにしか人は生きていない、まだ生きてもいない未来を心配し、もうそこにはいない過去から進まないという、「今」に存在しないという選択はない。事実がそこにあるだけ。

これは自分の毎日の思考をバカバカしいと感じさせました。私は目標達成思考のため、その目標がないと、やる気が起きません。1年の目標を立て、その目標への道のりを、行動を決めていく。それに確度が高い行動や選択には精を出し、他は手を抜く。意味のないと思うことはなるべくしない、日記にも楽しいと感じたことだけ書いて、読み返しては「目標達成に近づいた日々」を見て満足していました。しかし、そこには空白の日々もありました。月末に旅行に行くという月があれば、おそらく月初から月末までの日々を旅行の準備以外はただ、時間が過ぎるのを待つだけの日々だったような気にすらなりました。さらにその先には人生設計がありました。「結婚して、子どもが生まれて、仕事復帰して、また次の子どもが生まれて。」しかし、ふといつも「一つコマが進む」と、「次のコマに進んでない」という発作が起こるのです。結婚したら「結婚した!」ではなく、「子どもがいない!」のように。目の前の旦那さんとの時間は「子どものタイミングは?」というための時間にすら思えるほど。そして子どもがうまれたら、「子どもが生まれた!」ではなく、「仕事復帰してない!」と。仕事復帰したらどうなるのかを考えながら毎日育児をしていました。これこそ未来を見て今を生きてない日々がそこにありました。その先の未来につながる今だけを生きるのではなく、まず、本当に「24時間」を生きよう、と。そうすると考えることがなくなりました。考えることに意味を感じなくなったのです。だから目の前にいる娘と遊ぶこと、今日は何食べようかを真剣にあーだこーだ考える。今までは娘が昼寝をしたら何をしようかと考えながら遊び、食事を作るのは時間がもったいないので「時短レシピ」を検索するだけでした。そして疲れる。それを少し変えるだけで、一日がなんか楽しかった・・と思えたのです。これは体感ありきなので、ぜひやってみてください。

3.誰かの期待に答えるために生まれてきたのではない
自分にではなく、他人にこそあてはまること。旦那や子どもこそ私の期待に答えるために生まれてきたのではない

私は人の期待にこたえようとする性分で、ひと目を気にする人間でした。しかし、どこかそれを通じて「私の期待にこたえてよ」というのが周りに対してうまれていたようです。幼いころは友人にも。小さいことですが、交換日記をしていても「私は毎日書いてきているのに友人は違う」毎日書いて来れば、「私は1ページ文章なのに、友人は絵でごまかしている」とか、今思うと怖いです。それが現在は一番身近な旦那や子どもにその傾向が出ていました。「私の負担を軽減して」「私のペースを乱さないで」と。各々が楽しい時間を過ごせていて、母親としてどうしてもその時間が少ないことへの不満は変わりませんが、私がイライラしている現象の中には旦那や子どもが理由ではないことも含まれていました。それに、考えてみれば私が夕食に弁当を買っても、掃除をせず、洗濯物をためていても子どもは気づきもしませんし、旦那は怒ることもありません。私が「全てを段取りどおり、完璧にこなしておくこと」を達成する事をそもそも旦那も子どもも望んでもいないのです。私が勝手な期待を作り上げていただけなのです。

4.普通であることを受け入れる
「特別であること」は毎日に大きな意味を持たない。

これは、ここまで読んでいただけると私の素性がお分かりの通り、私は「特別であること」にしか意味を感じていませんでした。日常とは違う特別な空間、他の人とは違う特別なポジション。そうでないと「私にしかできないことができない」と思って生きてきました。こうやって文章にしてみるといったい私は何様なんだと恥ずかしくなります。ただ、実家がお金持ちなわけでもなく、有名大学はもちろん一流企業に就職すらしていない私ですので、ただのわがままと勘違いの領域です。ただ、「普通とは違う自分でいたい」だけなのです。私はよく自分の事を「できる風」だと思います。要領は良い方だし、そこそこの大学、仕事先、役職についてきました。トップを走ることはできないけど10位以内には入っていたい。そんなところでした。つまり、勝てる勝負しかしないのです。得意な領域にしか進まないし、本当は未知の領域でこんなのできたら良いなと思っても、それには努力が必要で、もしできなかったら無駄になるし恥ずかしい。だから勝てるところにいく、それを繰り返していました。しかしそれでは楽しくありません。プライドが高いだけの私はもう卒業したいと思います。小さなことから「これやりたい!」と意味もなくふと思ったことをわからないことは調べ、世の中に出なくたって楽しめれば良い。だから私はいろんなことチャレンジしてみようと思います。
 

私が出会った本の中で目の前を明るくしてくれた一番の本です。同じような思考が止まらないアラサーの方、ぜひ手に取ってみてください。

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